Ordinary Days

みちのく潮風トレイルを全線踏破しました

  1. 美しい風景と風土を楽しむ道とします。
  2. 地域に暮らす人々とこの地を訪れる人々との間にこころの交流が生まれる道とします。
  3. 自然の優しさと厳しさを胸に刻む道とします。
  4. 震災をいつまでも語り継ぐための記憶の道とします。
  5. 豊かな自然・文化を次世代へ受け継ぐ道とします。
  6. 歩くことを愛する全ての人々を歓迎し、皆で育てる道とします。

これは、「みちのく潮風トレイル(Michinoku Coastal Trail / MCT)」という震災後に東北沿岸部にできたロングトレイルの憲章です。

最後の到達点は普代駅

僕は2024年9月24日にこのロングトレイル「みちのく潮風トレイル」のセクションハイク(時間が取れる時にトレイルの一部を少しずつ歩いていくこと)を開始して、2026年5月6日、みちのく潮風トレイルの最後の区間となる、鵜の巣断崖、北山崎、ねだり浜周辺を歩き終え、普代駅に到着し、みちのく潮風トレイルが一本につながりました。

僕の場合、家族と一緒に歩くときは北上し、一人で歩くときは南下していました。そのため、一般的な「北端から南端へ」「南端から北端へ」という終わり方ではなく、最後に残っていた区間を歩き終えた場所が普代駅でした。

ところで、僕がみちのく潮風トレイルを歩いた背景ですが、僕は元々、登山をしていました。一昨年の夏に家人が、みちのく潮風トレイルっていうのがあるから一度歩いてみたい、となって、ちょうど僕が岩手の五葉山に登る時に一緒に行き、家人はその際、碁石海岸あたりのみちのく潮風トレイルを歩くということがありました。

2013年に書いた「サンリク・プロムナード」

その後の感想を聞いたら、とても良かったとのこと。「みちのく潮風トレイルってそもそも何?」から始まり、色々と聞いているうちに、それって、震災後に僕が描いていたビジョンの一部(2013年の書籍でサンリク・プロムナードと僕は表現していた)に似てない?ってことで(今にしてみれば恐れ多いですが)、調べれば調べるほど、相通じるものを感じました。

2012年から2013年の僕は、牡蠣を通して三陸の真の復興に貢献しようと取り組んでいるなか、三陸沿岸を歩いてつなぐ道のようなものがあればいいなと夢想していました。車で通り過ぎるのではなく、歩きながら「三陸」を感じられる道があったらいい。だから「サンリク・プロムナード」だったのです。

かつて自分が夢想した三陸沿岸をつなぐ道が、実は、多くの人たちの努力によって、その後「みちのく潮風トレイル」として生まれていたのです!(それを知ったときはめっちゃ感動しました)

それで自分も歩いてみたいと思い始めて、ようやく1年8ヶ月近くかけて福島の松川浦から青森の蕪島までの全線約1,000kmを踏破し、2013年に「サンリク・プロムナード」という構想を書いてから13年後に「みちのく潮風トレイル」を自ら歩いたというわけです。

みちのく潮風トレイルは、多くの人たちによってつくられてきた

もちろん、現在のみちのく潮風トレイルは、僕が考えたものではありません。

みちのく潮風トレイルの源流には、ロングトレイルを通じて東北の復興を考えた故 加藤則芳さんの思想があります。加藤則芳さんが描いたもの、そして多くの人たちが実際につないできたものです。

そして病床の加藤さんからトレイルルートのアドバイスを受けつつ、何度も地元の方々と話をしながら本線を決めてこられた桜庭さんをはじめ、環境省の皆さんのご努力。NPO法人みちのくトレイルクラブを設立された皆さんや、現在のみちのくトレイルクラブの皆さんの日々のご活動。

さらに、トレイルエンジェルやサポーターはもちろんのこと、沿線自治体、地域の方々など、多くの方々の努力によって整備され、守られてきた道です。

一人のハイカーとしても、どれだけ感謝しても感謝しきれません。

みちのく潮風トレイル憲章を歩いて実感したこと

みちのく潮風トレイル憲章には、自然、文化、人、暮らし、震災の記憶を未来へつなぐという考え方があります。

この道は単なる観光ルートではありません。実際に歩くと、三陸の集落、漁港、岬、浜、神社、祈りの場所、震災の記憶など、そうしたものが一本の道としてつながっています。

歩かなければ見えないものがあります。車で通り過ぎるだけでは分からない距離感や地形、そして震災後の人々の暮らしがあります。

みちのく潮風トレイルは、三陸を「見る」ための道というより、三陸を「感じながら歩く」ための道です。僕は、自分がイメージしていた「サンリク・プロムナード」と比較しつつ「みちのく潮風トレイル」を歩いて、それを自ら体験しました。

【普代駅で全線踏破を達成した瞬間の喜びの写真】

MCT全線踏破

【歩いたところが水色の線で表示された地図(引用元:YAMAP)】

全線踏破証をいただきました

2026年5月9日に、NPO法人みちのくトレイルクラブの名取トレイルセンターで、アメリカ3大トレイルの1つであるContinental Divide Trail(コンチネンタル・ディバイド・トレイル)を歩かれた、柳田さんの「ハイカートーク」をお聞きしました。

「Hike Your Own Hike」

これは、最後に柳田さんが投影されたスライドにあった言葉です。

まさにそれぞれが、それぞれの歩き方で、自分のトレイルを歩く。

みちのく潮風トレイルもまた、そういう道なのだと思います。

【全線踏破証をみちのくトレイルクラブ名取トレイルセンターでいただいたときの写真】

このトレイルとの関わりは、これからも

このMCTをハイクする中から学んだこと、気付いたことはたくさんありましたし、素晴らしい景色もいっぱい見てきました。

このみちのく潮風トレイルを終えて、今、ひとこと言えるのは、
「自分は生かされている」
ということを実感した、ということです。

セクションハイクで、南に行ったり、北に行ったりとトレイルを歩き続けましたが、熊の足跡を見たり、断崖絶壁のそば(柵はありますが)を歩いたり、自分の不注意や不運で、いつ何があるか分かりませんでした。高所恐怖症の僕は高い橋を渡るのも怖かったです。

しかしそれは普段の生活も同じだと思いました。
いつ交通事故に巻き込まれるかわかりませんし、また大地震・大津波が起きるかもしれません。

そして、トレイルを歩きながら、いっぱい自分の過去を振り返りました。多くの人を傷つけてきたことや多くの失敗、幼少のころから学生時代、5年のサラリーマン期間を終えてからの長い経営者人生、そして現在に至るまでのすべての期間を何度も振り返りました。

親や兄弟、そして自分の子供たちのことも思い出し、考え続けました。父は5年前に他界していますが、その父が語った言葉なども何度も思い出しました。

そうしたなかで、一番感じた感情が「生かされている」ということだったのです。

自分は力があって、どんな時代でも生きられる、何も怖いものはない、ということと真逆です。自分はなんて非力で、どんなに今まで周りの人たちに助けられて生きてきたんだろうと心底思いました。

生かされていると思うと感謝が生まれ、生かされていると思うからこそ謙虚になり、そして謙虚になって人に接すると、また有り難みを感じるという「謙虚と感謝のループ」。

これで僕のみちのく潮風トレイルは一区切りですが、この道との関わりは終わりではありません。むしろ踏破したことで、これからはじっくり味わえるものだと思いますし、今後はハイカーの皆さんへのサポートをしたいと思います。

もちろん、それだけではありません。「真の復興とは単に震災前に戻るのではなく、震災前よりもはるかに素晴らしい地域にすること。2031年までに新たな産業をこの地につくり、震災前よりもより良い地域にすることが残された者たちの責務である。」という思いを、踏破した今、以前よりも強く感じ、また決意しているところです。