Motivational Poetry
I
Ordinary Days

今はUberTaxiドライバー

一年前の2018年12月、僕がまさかタクシードライバーになっていると思ってもみなかった。

確かに、どんどん事業譲渡を繰り返せば、やがて収益源そのものがなくなり厳しい状態になるのは自明なのだけど、当時は目先の厳しさを何とか乗り越えることが優先だった。

そう。目先の厳しさを乗り越えれば、またきっと未来は開けると思っていた。常に逆転すると思っていたし、実際、今までも度々あった危機を乗り越えてきたのだから、また今度だって今を我慢したら大丈夫と根拠のない信念を持っていた。

しかし、その信念はやがて崩れることになる。

ところで、僕は自分の子どもに何度か言ったことがある。
「人はどのような学校に行こうが、仕事をしようが自由だよ。勉強が嫌なら、学校行かなくてもいい。タクシー運転手なら誰だってできるから。」

こういう言い方は、子どもに対し、自由にやっていいと言いながら、実は勉強しないと大変なことになると言って脅していたことだったと反省したけれど、ここで言いたいことは、実は僕は、タクシードライバーをとても低く見ていたことだった。

例えば、飲んだあと、地下鉄が動いている時間であっても、タクシーで帰ることも多く、そして帰りのタクシーの中で運転手に決まって言うことは、「今晩は忙しいですか?」だが、その答えのほとんどが、「いやぁ、今日も暇ですよー」だった。
それを今思うと、上から目線で聞いていたのだった。

そして今年の春、実はまだ会社の事業が続いているときにタクシードライバーを始めていた。
社員がまだ一人いたので、彼を雇い続けるには僕は他から収入を得る必要があったからだった。

当時こうした話しを親しい人に相談したら、僕がそこまでやらなくても他にできる仕事あるだろう、と言われた。
でも考えてみれば、プログラミングも創業当初は僕自身が開発していたけれど、社員が増えてからは自分で開発することは全くなくなったし、ウェブサイト構築も社員に任せていたし、何でも自分自身がやることがなかったから、いざ何か自分でやろうとすると出来ないのだ。

まぁ運転だけはいけると思った。なぜなら牡蠣産地周りのために1日で仙台から北九州の1,400km走ることもあったから、それだけは人に負けないと思った。

ということで、今は、IoTの開発の勉強をしながら、その仕事をするための準備をしつつ、UberTaxiを含めたタクシードライバーと、AmazonFlexやPickGoの軽貨物運送のフリーランスをしている。

一度、こういう仕事(タクシーや軽貨物)をしてしまうと、忙しいあまりに他のことがなかなか出来ず、他のことがなかなか出来ないために、別な仕事をつくることができずに悪循環になるんだな、と感じている。

さて、来年はどういう年になるだろう。

まぁ、僕のように波乱万丈の仕事をした人もそれほど多くいないから、この経験を活かせる何かがあると思っている。

今、一つだけ言えることは、僕は単に生きていくための仕事はしたくない、ということ。
僕は社会を良くしたい。地域を良くしたい。みんな笑顔で生きられるような社会のベースみたいなものをつくりたい。そういうことに関係する仕事でなければ、僕は生きる屍みたいなものになるだろう。

僕は信じている。

誰にも希望がもてる未来がある。